解のありか

2004年2月11日
今日は久しぶりにいくらかノンビリできた日だった。

ホンのちょっとね。

それでも関西から免震機能付きの住宅販売をなさっている会社の営業の方が見えて4時間近くも社内に滞在していった。

前は、こういう出来事は事前準備をするような大事だったが、なんか、さらりと流れるように過ぎ去ってしまった。慣らされているな〜〜〜

僕の日記とリンクをさせていただいているありすさんの今日の日記に、不思議な体験談が書かれている。僕も 聞いた話として似たような話を知っている。

僕が知っている話は、戦争中の話。

突然、海軍航空隊に所属している息子が真昼間に実家に帰ってきて、特別な任務に就いたので挨拶に来たといって玄関先で帰っていく。
あとで戦死公報が届き、日付を見ると戦死日が、玄関先に息子が挨拶に来た日と同じ。

はるか南洋で戦艦に体当たりした息子が同じ日に内地の実家に挨拶にこれるはずはない。

たしか、すでに亡くなった僕のおばあちゃんの兄弟から聞いたように記憶している。

このような話は、きっと、たずねればいっぱいあるのではないかと思う。

不思議なことではあるのだが、前に僕が日記に(ヒミツのほうだったかもしれないが)人は誰でも生まれる前に自分の人生のシナリオを書いてから生まれてくると書いたことがある。

それも、自分にとってちょっぴり辛口のシナリオを書くらしいのだ。

だから、人生において学ぶことは多いし、だけど、乗り越えられない試練などないのだ。そのさじ加減は生まれる前に自分でやっている。

レベルが高い人ほど現実世界では馬鹿みたいに見えたり、若いときに身を持ち崩すようなことをやって窮地に立つことをシナリオに書いていることもあるらしい。

ゴルフのハンデみたいなものかも。

それを克服することによってさらに魂に磨きをかけるのだ。

僕としては石にかじりついてでもとか、何が何でもではなくて、一点の曇りもなく自分自身に忠実であることが大事だと思う。

ガムシャラになる必要はまったくない。

だって、生まれた瞬間に忘れてしまっているけど、人生のシナリオを書いたのは僕自身なのだから、答えはすべて僕自身が知っているはずなのだ。

世の中には斜に構えて生きている人もいる。テロリストなどもいる。それもみんな、意図して生まれてきたのだ。彼らの被害者になる人もね。

人の人生に介入できるのは本人から頼まれたときだけ。それすら、予定の行動なのかもしれない。

アカシックレコードっていうものがあるらしい。そこにはすべての事象が記録されているらしい。未来を含めてね。

っていうか、時間の観念を超えているので正確には未来ではないらしい。あるのは因果律。

( ´△`)アァ- 今日はなんか、観念的なことを書きすぎたな。こんなことを書いていると精神世界オタクっていわれてしまいそうだな。↑事実なのだから受け入れるけど・・・

昔、確かに精神世界の本などを読み漁ったことがある。
でも、いいなって思っても違和感はなくならかった。結局、どれにも染まることはなかった。今思うと僕にとっては正しかったと思う。

染まっていいのは、もしくは染まるべきなのは自分自身にだけなのだ。解は必ず自分のなかにある。

ただ、納得のできないレベルの出来事がある。

若くしてガンにかかったり、不慮の事故で亡くなる人は最近増えていると思う。そういう人は、短期間での生まれ変わりを意図したということだろうか。

ましてや、小学校に行く前ぐらいの年齢で実の親に虐待されて亡くなった人たちは魂の学びの最上コースをえらんだ人に、なるのだろうか。

その辺が僕としては納得が行かない部分である。

┓(´_`)┏ 今日は受け売りで仕入れた情報をたくさん参照しながら書いているから、」自分的に納得できていないことも含んで書いている。

解は僕の中にあると書いたばかりだったな。でも、いきなり困難に直面している。

4歳で親に殺された人の人生って・・・本当にそんなシナリオ書いて生まれてきたのだろうか? 肉体レベルでは卒業間近の人だったということだろうか?

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